je7aykのblog

「デジカメ心象スケッチ」 何事も前向きに(自己改革して生きる)変幻自在の生き方・・・♪ 今、私たちのまわりでは、恐ろしい事件や犯罪が絶えず起こっており、過激な競争社会では人の心をゆがめております。 さらに、日本社会では変革の時代に突入し、会社の常識が変わり・・・ 若い人の人生観、政治を見る目、それに、I・T時代に突入して (すべてがインフォーメーションテクノロジー)こんな時代に、 私たちの苦悩や迷いが少しでも解放され癒されることを願って、 デジカメ心象スケッチを作成しております。

2009年11月

松島” 円通院の紅葉

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松島” 円通院の紅葉

 円通院(えんつういん)は、臨済宗妙心寺派(りんざいしゅうみょうしんじは)の寺院です。
日本三景のひとつ宮城県松島町にあります。周囲には国宝瑞巌寺や五大堂など、静寂で厳粛な趣きのある場所に囲まれています。
また、三陸三十三観音霊場の第1番札所とされております。

 11月29日(日)まで、円通院庭園の夜間ライトアップを行います。幻想的な雰囲気のなか、美しく色づいた紅葉をぜひご覧下さい。



円通院より転載
http://www.entuuin.or.jp/

松島” 円通院庭園の夜間ライトアップ

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 円通院(えんつういん)は、臨済宗妙心寺派(りんざいしゅうみょうしんじは)の寺院です。
日本三景のひとつ宮城県松島町にあります。周囲には国宝瑞巌寺や五大堂など、静寂で厳粛な趣きのある場所に囲まれています。
また、三陸三十三観音霊場の第1番札所とされております。

 11月29日(日)まで、円通院庭園の夜間ライトアップを行います。幻想的な雰囲気のなか、美しく色づいた紅葉をぜひご覧下さい。



円通院より転載
http://www.entuuin.or.jp/

東京丸の内 注目のスポット公園♪!!~第三幕の巻き

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東京丸の内 注目のスポット公園♪!!~第三幕の巻き

 三菱一号館は1894年(明治27年)に丸の内最初のオフィスビルとして建設された建物。時代の流れと共にその役目を終え、丸の内から姿を消しましたが、今回赤レンガ約230万個を積み上げ、丸の内に復活! 美術館としてオープンすることになりました。内装の復元にもこだわり抜いたという建物の中には、8メートルの吹き抜けを生かした、歴史を感じられる『カフェ1894』も。どこもかしこも、大変絵になる空間となっています。
中庭的存在の『一号館広場』にはバラをはじめとする様々な草花や噴水、ベンチ(アート作品が座っているところも!)が配され、その周りにショップやオープンカフェなどが。オフィス街というのを忘れてしまうほど、豊かな自然に囲まれているのです。そしてその緑の向こうに見えるのが、風格ある赤レンガの建物『三菱一号館』です。


丸の内ブリックスクエア 注目のスポット!より転載


浅草「風雷神門」第二幕の巻き~

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浅草「風雷神門」第二幕の巻き~


 100年間近い間、幻の存在でした。
浅草寺の正面入口、最初の門は平公雅によって浅草寺の総門として942年(天慶5)に建てられた。数度の火災による焼失、再建がなされたが、1635年(寛永12)徳川家光によって建てられた門は右に「風神」左に「雷神」を安置してあるところから正しくは「風雷神門」、略して雷門と呼ばれた。1865年(慶応元)の火災に遭って以来、昭和35年再建されるまで、95年間のあいだ雷門は幻の存在だったことになります。
現在の雷門は鉄筋コンクリート製で、松下電器の松下幸之助氏の寄進で、昔の姿そのままに再建されています。




浅草「風雷神門」

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浅草「風雷神門」

 100年間近い間、幻の存在でした。
浅草寺の正面入口、最初の門は平公雅によって浅草寺の総門として942年(天慶5)に建てられた。数度の火災による焼失、再建がなされたが、1635年(寛永12)徳川家光によって建てられた門は右に「風神」左に「雷神」を安置してあるところから正しくは「風雷神門」、略して雷門と呼ばれた。1865年(慶応元)の火災に遭って以来、昭和35年再建されるまで、95年間のあいだ雷門は幻の存在だったことになります。
現在の雷門は鉄筋コンクリート製で、松下電器の松下幸之助氏の寄進で、昔の姿そのままに再建されています。




ギャラリー
  • 平成サイドの桜(花見山 第二幕)
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